日本語の文法における「時制」の超まとめ
ヨーロッパ言語は文法上「時制」を重んじる事で知られるが、東欧・中東あたりに行くと少し緩くなる。
東南アジアまで行くと相当ふわっとした感じになる。
では、日本語の場合はどうか…。
概要
動作を表す動詞は、現在形だけど未来の事だったり過去形だけど今の事だったり、未来志向の意味になりやすい。
これに対して状態を表す述語は、現在形は現在で過去形は過去の意味でしかない。
ガチで過去形
過去形という呼び名は決して偽りではなく、昔のことを話す時にもしっかり使われる。
例
- 妻は とても 美しい 人だった。
- このように言うと「今は美しくないとでも言うのか?」「もしかしてお亡くなりに?」「離婚した?」等の印象を与えることになる
- 昨日、 その映画 見て来たんだ〜。
- 過去を表す言葉が含まれる場合は、必ず過去形にしないといけない
判断した時点が過去である
日本語能力試験の定番ネタ。本質的には過去形と同じ物。
以下の例文では、少し前の状態を言い表している。普通に考えたら今でも同じ状態でいるはずだが…?
例
- さっきの人、 なんか 可愛い服 着てたなあ。
- 3分前に見かけた人について述べている。今その人はどこかへ歩いて行ってしまい、ここにはいない。
- 「可愛い服着てるなあ」と現在形で言いたければ、まだ話し手の近くにいて確認可能でなければならない。
- 先生は 職員室に いたよ。
- 1分前に職員室で確認した後、教室に戻って来てこのように報告する。
- 今でも職員室にいるかどうかは、この場では確認不能であるため、現在形では言いにくい。
- あ、そういえば、 今日は ミーティングだった。 早く 行かなきゃ。
- 「『今日はミーティングをする』という話だった」の省略。ミーティングは未来に予定されているが、予定を立てた事自体は過去の事である。
- このような「あ、そうだった!」というのは何かを思い出す時に多い表現。
単純に「今日はミーティングだ。」と言っても別に問題ない。
- あっ、有った! しかも 在庫が 多かった!
- 「有るかどうか不明」な状況から「有ると判明」した状況へ移った時。このように事実が判明した時にも過去形を使うことがある。
- 今でも同じ状態なのだが「以前からその状態だ」という意味では過去の時間に注目しているからだ。
この種の表現は、主に状態を表す述語なので、動詞の場合は「ある」「いる」が付いてるはずである。
現在完了っぽい表現
完了形としての性格が強く出る用法。主に「事情の変化」などを表す。
動詞の場合は過去形と全く同じ形だが、形容詞・名詞の場合は「〜なった」を合成する。
例
- 暖かい 物を 飲んで、 気持ちが 楽になった。
- できた。 やっと 完成した。
- 困ったなあ。 電池が 足りない。
- 赤ちゃんが、 ひとりで 歩けるように なった。
- 任意の動詞について「事情の変化」を明示したい場合は「〜ようになる」を付ける
- 容量が 増えた。 容量が 大きくなった。
未来完了っぽい表現
未来完了なんていうのはあまり日本語では馴染みが無いので、そんなにパターンは多くないと思う。
例
- さあさあ、起きた起きた、7時だよ!
- 準備できたら 教えてね。
- 転んだり ケガしたり しない ように 片付けて おこう。
- そのための 用意も して おかないと、 あとで 困ったことになる。
- 古いバージョンを サポート しなくなる。
- 中国語の「不…了」みたいな物は、否定文の後に「なる」をつなげて表現する。
「完了形」なんて言っちゃったけど、(上のようなパターンを除き)日本語の助動詞「〜た」が将来を指し示すことは無いので、中国語とかタイ語とかそっち方面からの学習者は注意。
過去・現在・未来に関わらない物
例
- 昨日は 財布を 置き忘れて 大変だった。
どうも あの子は 忘れ物が 多い。
- 猫カフェで くつろいで 来て 正解だった。
やはり 猫を 眺めて いると 和む。- 猫好きな気持ちは昨日今日明日で変化するものではない
- 自転車で スピードを 出す 人は 怖い。
- 困るなあ。 トイレに 石鹸が 置いてない とか。
不定詞っぽい表現
例
- 朝 起きて 喫茶店で くつろぐ。
昼は 自宅に 戻り ゴロゴロする。
夜は 適当に 買い物を 楽しむ。
当時の 私は そんな 生活を 送って いました。- 手順や項目を書き並べたりする箇条書きみたいな文章。しかもこういう時はだいたい「ですます体」の外れた原形になる。
- やはり 琴音は ラーメンを 注文する と 言いました。
- 日本語では文章の締めだけ過去形にしておけば、文全体が過去時制になる。「ですます体」も文末だけでいい。
「時制の一致」のルールには言語ごとにばらつきがある。
英語の授業で習った「時制の一致」させ方は、あくまでも英語だけのお作法だ。
未来
日本語で未来の事を言う場合、動詞については基本的には現在形と同じ形でいい。
ただし形容詞・名詞には「〜なる」を合成する必要がある。
例
- 今日は 久しぶりに、 ちょっと 遠くの 猫カフェに 行く。
- 「これを 運んで 行って くれる?」「うん、 持って 行く。」
- お金を 多めに 下ろして おかないと、 あとで 困る。
- この例文は、まあ、一般論だとも未来の事だとも解釈できる
- 値段が 上がる。 値段が 高くなる。
ガチの現在形を作る
動作を表す動詞の現在形はしばしば未来の意味になりやすいが、未来の事ではなく、特に現在の事を言いたい場合は「ある」「いる」を合成する。
「〜ている」を現在進行形として扱うこともできるが、実際には現在の状態を表す場合が多い。
今やっている途中の事には限らず、やり終わった結果が今そこにあるのを言い表す場合もある。
結果とか状態をいう場合、自動詞なら「〜ている」他動詞なら「〜てある」と使い分ける(「いる」「ある」を単独で使う場合と異なり、人か物かの区別でない事に注意)。
なお、形容詞・名詞文については、もともと状態を表す物であるから現在形は現在の事しか表さない。
現在進行を表す例
- データを 読み込んで います。
- パン生地 こねてる とこ だよ。
- 「所」という単語をつけると現在進行である事が分かりやすい
- 全く 新しい 教科書を 作ろう と している。
- 実際に今そうしている。「作ろうとする」だと実際にはまだ着手していない場合も考えられる。
- パソコンを 直して いる。
- 「動作動詞」に「いる」をくっつけた物は現在進行形になりやすい
- 実際に今パソコンを修理中(もしくは、現在の職業を言う場合も)
- こっちは 人手が 足りなくて 困って いるんだよ。
- 自分自身の事で「いる」を使うと、自主的に動くイメージがある。すなわち「困っている」とは「問題に取り組んでいる」という意味合いになる。自然な感情を表す場合は「困ったなあ」とか「困るなあ」という表現が選ばれる。
現在の状態や結果を表す例
- お前は もう 死んでいる。
- 何人かの 友人を 招待してある。
- 今日は 珍しく 店が 開いている。
- もう営業中の状態である。単に「店が開く」というと未来の意味になるかもしれない。
- パソコンは もう 直っている。 直してある。
- 状態動詞の「直る」を使った例と、同じく状態動詞の「ある」をくっつけた例
- 「直った」「直した」と言っても特に問題はない。完了と状態のどちらを言い表したいかの問題。
- 材料が 足りなくて 困っている らしい。
- 現在進行とも現在状態とも言えるような文章もある。要するに現在の事を言いたいだけだから、厳密に区別しようとしなくてもいいかも。
「いる」「ある」の単独使用
- 先生は 職員室に いるよ。
- ノンアルコールも あるよ。
- 来年は 五輪が ある。
- 「いる」「ある」が未来を表すためには、それなりの文脈が必要。
「いる」「ある」の2つの動詞は、それ自体が現在進行・現在状態を表す。
なお方言によっては、「いる」を二重に合成した「いてる」という形があったり、進行と状態とで「〜しよる」「〜しとる」を明確に使い分ける事もあるらしい。
半過去形
「〜している」を使うと、未来ではなく現在である事が分かりやすくなった。
一方「〜していた」を使うと、現在ではなく過去であるという意味になりやすい。
ただしこの場合も、たまに直近の状態を言い表すことがあるので注意。
(形容詞・名詞文の過去形には完了形のニュアンスなどが無いので、ただの過去形で良い)
例
- 先週は ほとんど 物置の 片付け ばかりを やっていた。
- 過去の状態についての話。今週については何も述べていない。
- 昨日、 珍しく 店が 開いていた。
- 昨日の状態についての話。今日はどうなのか知らない。
- 珍しく 店が 開いてたから、 今、 立ち寄って みて いるんだけど…。
- 「開いている」という事実が判明したことを表すため、過去形を流用している
過去否定文のまとめ
韓国語でも中国語でもそうだが、否定形の時制が超テキトーな言語はけっこうある。
日本語もまた然り…。
(1) 過去の事として扱う場合、「〜した」の否定は「〜しなかった」となる。
例
- 「先生に 相談した?」「いや、しなかった。」
- ストレートに過去形で「しなかった」といえば過去の話になるから、もう相談しないつもりかもしれない
- 「してない」と言えば完了形の否定みたいになり「まだしてないけど、これからする」という意味にも聞こえる
(2) 現在完了として扱う場合、「〜した」の否定は「〜していない」となる。
例
- 「お掃除は もう 終わった?」「まだ 終わってない。」
- 過去形「終わった」の否定が現在進行形になっているように見えてしまうが、完了形の否定だと考えれば筋は通る。今どうなのかを聞いているわけだから。
- 「花瓶を 落としたの 誰?」「私は 落としてないよ。」
- 終わった話ではなく、まだ問題になっている話だから現在形の扱いになる。したがってここでは現在完了形。
- 「落とさないよ」と言うと、気をつけているから落とすはずない、将来も落とさないという感じになる。
(3) 過去進行・過去状態として扱う場合、「〜していた」の否定は「〜していなかった」となる。
例
- その 問題に ついては、あまり 深く 考えていなかった。
- これは昔の話だから普通に過去形を使う。今は深く考えているかもしれない。
(4) 「〜ていない」の過去形
例
- 「こたつの 電源は 入ってる?」「あ、入ってない。入ってなかった。」
- 「入っていない」という事実が判明したことを表すため、過去形を流用している。
(5) ただの現在形
例
- 「こたつの 電源は 入ってる?」「入ってないよ。」
意味上の未来形
以下は特定の意味を表すための語尾表現であって、時制を示すための物ではない。
例
- みんなが そろったら、出かけよう。
- ひとまず 問い合わせて みようと 思う。
まあ「何々しよう」という表現は、未来の事しかありえないわけだが…。
例
- 昔は 蛍が たくさん いた だろうけど。
- もう 始まってる だろうね。
- あと 10分 ぐらいで 着く だろうと 思う。
こちらはただの推量表現であって、時制は特に関係ない。
意味上の完了形
同様に、「何々してしまう」という語尾表現も、別に完了形を示すための物ってわけではない。
確かに意味は完了形に近いけどね。
どこかで見たモンゴル語の学習サイトでは、こういうのを「完了形」ならぬ「完成形」と呼んでいた。
例
- あ、もう 材料が 無くなっちゃった。
- 寒くて 風邪 ひいちゃう。
…と、悪い事に限らず「成り行きに任せる」みたいなニュアンスでも使い、文脈によっては良い意味にも使える。
例
- これだけ 人数が いれば、 今日中に できちゃう かも。
- 3グラム 余計に あるけど、 まあ、 全部 入れちゃおうか。
- 当人の意思を確かめることなく、という感じ。なんら被害をもたらさないし、むしろ残り物が片付くから良い事だ。
名詞修飾
動詞文を修飾する例
- 今やってた仕事
- 「今」と言っているけど、ここでは「さっき」という意味で使っている
- さっきは実行していたが、今はもうやっていない
- (ただし、先程話した内容についての仕事…という意味で使われると、今でもやっている可能性がある)
- 今やった仕事
- 今やる仕事
- 現在やるべき仕事、または、これからやる予定の仕事を意味する
- 今やってる仕事
- 昨日やった仕事
- 明日やる仕事
- 長靴をはく猫
- 長靴をはく習慣がある、または、これから長靴を履く予定がある
- 長靴をはいている猫
- 今まさに長靴をはいている所
(靴をはく途中か、もしくは靴をはいた状態)
- 長靴をはいた猫
- 普段は長靴をはかないが、過去に長靴をはいた事がある(過去形の意味)
- 長靴をはき終えて、現在に至る(完了形の意味)
- 長靴をはいていた猫
- 今は長靴をはいていない状態、もしくは、今はどうだか知らない
- (ただし、先程の話の中に出て来た猫…という意味で使われると、今でも履いている可能性がある)
- 食塩を含む水 / 食塩を含んだ水 / 食塩を含んでいる水
- どれでもいい。性質・変化・状態のどれを言いたいかの問題。
- 食塩を含んでいた水
- 今は食塩を含んでいないか、あるいは、今この場所・場面にはない
形容詞文を修飾する例
- 楽しい映画
- 楽しかった映画
- 楽しい映画だ!
- 単に「楽しい」という性質を述べているだけ
- 述語が現在形である事を表したくて「〜だ」を付けており、今その映画が話し手の目の前に示されている。
- 楽しい映画だった
- この場合も単に「楽しい」という性質を述べているだけ
- 述語名詞文が過去形なので、今その映画は話し手の目の前には示されていない。
- 楽しかった映画だ
- 過去に映画を見たことがあり「楽しい」と言っている
- 述語が現在形である事を表したくて「〜だ」を付けており、今その映画が話し手の目の前に示されている。
- 楽しかった映画だった
- 過去に映画を見たことがあり「楽しい」と言っている
- 述語名詞文が過去形なので、今その映画は話し手の目の前には示されていない。
修飾語または述語のいずれかが過去形になっている場合、今でも楽しいか否か・今でもその映画が存在するか否かは文脈に依存するため、それについては文章の形からは断定できない。
まとめ(?)
きれいにまとまるか自信ないけど…
(1)動作動詞
| 肯定文 | 否定文 |
不定詞・未来 | つかう | つかわない |
現在 | つかっている | つかっていない |
完了 | つかった | つかっていない |
過去 | つかった | つかわなかった |
(2)状態動詞(自動詞)
| 肯定文 | 否定文 |
不定詞・現在 | つかっている | つかっていない |
過去 | つかっていた | つかっていなかった |
未来 | つかうようになる | つかうようにならない |
完了 | つかうようになった | (まだ)つかわない / (まだ)つかっていない |
※「いる」「いない」の「い」を省略することが多い。
※表組みとしてはむりやりだけど「〜ようになる」を使った例も載せた。
(3)状態動詞(他動詞)
| 肯定文 | 否定文 |
不定詞・現在 | つかってある | つかってない |
過去 | つかってあった | つかってなかった |
未来 | つかっておく | つかっておかない |
完了 | つかっておいた | (まだ)つかってない |
※元々の否定形が「ない」なので、「い」の省略ではない事に注意。
※表組みとしてはむりやりだけど「〜おく」を使った例も載せた。
(4)形容詞
| 肯定文 | 否定文 |
不定詞・現在 | あつい | あつくない |
過去 | あつかった | あつくなかった |
未来 | あつくなる | あつくならない |
完了 | あつくなった / あつくなっている | (まだ)あつくない / あつくなっていない |
※形容詞はもともとが状態を表す述語なので、状態動詞と似た感じになる。
(5)名詞
| 肯定文 | 否定文 |
不定詞・現在 | 猫だ | 猫じゃない |
過去 | 猫だった | 猫じゃなかった |
未来 | 猫になる | 猫にならない |
完了 | 猫になった | 猫になっていない |
※形容詞と同じ感じ。