保護猫カフェAROものがたり

この1ページだけ読めば全ての敬語を覚えられる…みたいな物が欲しくて作った物です。
かつて上田市に存在した保護猫カフェAROを題材として選びました。
2018年(グダグダ期)の様子をもとにしています。
ちなみに撮り溜めた動画は こちら で公開しています。

ものがたり 第一章〜アロ〜

アロ

その節は、寄付のお願いをおことづけ下さいまして、とても助かっております。
お手数かけますが、昨日の電話で連絡さしあげた件について、見積もりを頂戴できますか?

アロ

………ええ、その頃にはおそらく戻って参りますので。
はい、お待ち申しております、お気をつけてお越しください。
あ、お客様がおみえですので、また改めて。

ガチャン
誰か

ごめんください。

アロ

いらっしゃいませ。
本日イベントにつき、料金がお安くなっております。

誰か

あら?
こちらの店長はどちらにいらっしゃいますか?

アロ

私が一代目の猫店長、アロでございます。
お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?

誰か

わたくしの名前は、まだございません。

アロ

マダ…ゴザ……
たびたび恐れ入りますが、今一度お名前を。

誰か

勝手を申し上げますが、
わたくしは設定上、名前のない人物でございまして…

アロ

さようですか。
であれば、誠に勝手ながらマダニャイと呼ばせていただきます。

マダニャイ

ところで、人間の店長もいらしたかと存じましたが。

アロ

ええ。戻りの時間は分かり兼ねますが、所用のため…というか、私用のため外出しております。

マダニャイ

そこをわざわざ言い直すのが、いささか引っ掛かりますが。

アロ

おタバコはお吸いに……なりませんよね、当然?
ふっ…

マダニャイ

そう簡単にはなつかないお猫さまのように見受けられます。

アロ

おっしゃるとおり、わたくしめはお客様の喜ぶ仕草はあえて致さない主義です。
が、私は人間店長の一番のお気に入りでもあります。
愛想の悪いものどうし、互いに惹かれ合う物があるのでしょう。

マダニャイ

へりくだっているように見せかけて、さりげなく人間店長をそしっておいででは?


ただし、あごのナデナデをお断りする理由は特に無いわけでございます。
アロ

ふっ…
では初めにこちらの…
「室内ではお静かに」など当店の注意事項にお目通しいただいてから、ご入店ください。

マダニャイ

はい。

アロ

ご理解いただけたでしょうか。
あ、それから、ほんの気持ち程度ですが、ねこの日のおやつでございます。
心ばかりの品、お納めくだされば…

マダニャイ

どうもありがとうございます。

アロ

入室される際は、サンダルをお持ちになってください。
本日は催し物もございますので、店内にて直接お申し込みくださいませ。

マダニャイ

では失礼いたします。

アロ

もう一点、ずんだ殿による鼻笛演奏会もございますので、室内では何卒ご静聴願います。

ものがたり 第二章〜モフレル〜

モフレル

お帰りなさいませ、ご主人さま。
当店のご利用についての説明は、お聞きになりましたね。

マダニャイ

はい。

モフレル

さあ、どうぞお上がりください。
ご帰宅されましたら、こちらで手を洗いましょうか。

マダニャイ

えーと、すみません、蛇口はどちらに?

モフレル

私の目の前に手を差し出してください。

マダニャイ

はい、では…


ぺろぺろ ぺろぺろ ぺろぺろ
マダニャイ

あっ…恐れ入ります。
これは素晴らしいおもてなしですね。

モフレル

私にできることはこれぐらいです。
人気投票で店長に選ばれたに過ぎない身の上でしてね。

マダニャイ

お手拭きはどちらに…ああ、これですね?

バシッ
マダニャイ

どうなさいました?


シャー
モフレル

いえ…失礼……
申し遅れましたが、私が当店の二代目店長モフレルでございます。

マダニャイ

先程は大変失礼しました、モフレルさん。
ウェブサイトで、モフモフ最強癒し系猫だと伺ったもので。
まったく私の認識不足による手違いでした。

モフレル

ご配慮ありがとうございます。
こちらこそ、お店の切り盛りが不調法で、至らぬ所がございましたかと。

マダニャイ

お変わりなくお過ごしですか。

モフレル

ええ、おかげさまで。

マダニャイ

ご心痛いかばかりかとお察し申しあげますとともに……

モフレル

いえいえ、わたくしの場合はただ、看板の裏に挟まっていた所を救われただけの話ですよ。

マダニャイ

見事なスフィンクス座りですね。
あまり香箱座りなどは、なさらないほうですか?

モフレル

いえ、決してそんなことはございませんよ。
受付担当の者がまもなく参りますので、お待ちいただきます。

ぎっ…きへぇ……けけけっ………
マダニャイ

む、どこかから甘えたような、かすれ声が。

モフレル

室内のことでご不明な点があれば、その他のスタッフにお尋ねください。
わたくしめはここでおいとまして、気ままに寝転がっておりますので。

ものがたり 第三章〜クック〜


きぇっ……
クック

日頃よりお世話になっております。受付係のクックと申します。
よろしければ私がご用件を承ります。

マダニャイ

あなたが受付ご担当の方ですか。
えーと、では、お手拭きを。

クック

お手拭きはこちらにございます物をお使いいただけます。


ゴロン
マダニャイ

あっ、なるほど、そうでしたか。

クック

なでたり、指でつついたり、軽く叩くようにするとよろしいです。

マダニャイ

猫はあまり触られるのが好きじゃないのでは?

クック

わたくしめに関しては差し支えありません。
犬のようにスキンシップされたい性格でございますので、ご心配なく。

マダニャイ

気持ち良いですか。

クック

それはもう、大変けっこうでございます。

マダニャイ

お尻を持ち上げてお振りになるほど、喜ばしいですか。

クック

うれしゅうございます。厚く御礼申し上げます。
そのついでにお尻ポンポンを申し受けます。

マダニャイ

失礼ですが、よだれが大変お見事ですね。

クック

私の好意から持て成したつもりが、お目汚し失礼しました。

マダニャイ

いえいえ、とんでもない。ご厚意に感謝します。
お風邪でも召されたのでしょうか。
ゆっくり養生なさってください。

クック

お心遣いをいただき深謝いたします。
御芳情に報いるため、時々お客様の様子を伺いに、すりよって参ります。
まずはお礼まで。

マダニャイ

ところでですが、室内にスタッフはございますでしょうか。

クック

スタッフと申しましても『猫スタッフ』のことですので、何卒ご了承ください。
接客の大部分は我々に一任されています。

マダニャイ

さようでございますか。

クック

ボランティアとして定期的に来られている人間スタッフもございますが、
本日は休暇で不在にしております。

マダニャイ

それは休暇というよりも、本業にお勤めなのでしょうね。

ものがたり 第四章〜わらび〜

わらび

わらびです。
ふつつか者ですが「おもてなし部隊」の一員でございます。

マダニャイ

あ、えー、どうも、はじめまして。
なにぶん、私はあがり症なもので……

わらび

お気になさらず。
超ビビリの私でも、こうして接客業が務まっております。
互いに切磋琢磨し、より一層、精進していきましょう。

マダニャイ

温かい激励のお言葉を頂戴し、感謝いたします。

わらび

お客様の荷物をお預かりいたします。

マダニャイ

お志はありがたいのですが、けっこうです。
ロッカーがあるようなので、この中へしまいますね……おや?


ババーン!
マダニャイ

ひぇー、この度はご愁傷様でした!!

わらび

お騒がせしました。彼女は段ボール箱の中で「ご遺体ごっこ」に興じている所でございます。
ところで、よろしければ、盗難や紛失のおそれもございますゆえ、
わたくし、わらびが見張っておくオプションサービスもご用意いたしております。

マダニャイ

せっかくなので、お言葉に甘えて、是非お願いします。
どのようなサービスかご教示いただければ…

わらび

かしこまりました。
それではお客様のノートパソコンを拝借しまして、どっこいしょっと。

マダニャイ

ああ、やはり上に乗るんですね。猫なだけに。

わらび

差し支えなければ、お名前をどうぞ。

マダニャイ

えーと、どちらへ記入すればよろしいでしょうか。

わらび

私は黒猫ですが、内側の毛は白くなっています。
指でなぞると文字を書くことができます。

マダニャイ

承知しました、ここはひとつ、筆をしたためてみましょうか。
うーん、あまり書きやすくないですね。

わらび

お客様のご芳名が横棒ばかりの文字ならよろしかったのですが。
ご面倒をおかけいたします。

マダニャイ

取り急ぎ、仮の名前で漢字の「一」を書いて「はじめ」といたしましょうか。
乱筆乱文にて失礼いたします。

わらび

ここまでで何かご質問はありませんか。

マダニャイ

水を飲みたいのですが。

わらび

ご不便をおかけいたしますが、在庫が切れていましてご利用になれません。
当店はあくまでも猫本位であり、人間向けのサービスはそれほど充実しておりませんので、お含みおきください。

わらび

あっ、もちろんお手洗いはございますので、ご安心ください。

マダニャイ

それでですね、本日はある業者からの言付けを預かって、その……
地主にお願いにあがりたい件がありまして、参りました。

わらび

おやおや、地主ちゃんと、どのようなご用向きでしょうかね?

マダニャイ

えー、はい、こちらの土地の所有者と…

わらび

地主ちゃんは先日から見当たらないのですが、お部屋にいるはずです。
ただ、あまり人慣れしていなくて、近寄ると猫パンチが飛んで来ますからご留意ください。

マダニャイ

………はい。

ものがたり 第五章〜ちゃび〜

マダニャイ

木登りタワーのこの辺りから匂いがしますね。
特にお通じの悩み等はございませんか?

わらび

ははは…わたくしが化粧室の外で粗相をするなんて滅相もございません。

マダニャイ

少々薄暗いですが、かえって光刺激がなくて、落ち着きのあるお住まいですね。
ところで、他にはどんな猫がおいでに…おや?

わらび

いかがなさいましたか、お客様。
どちらをご覧になっているのです。

マダニャイ

お名前をお聞かせいただけますか?

ちゃび

はじめまして、ちゃびと申しま…いや、申しません。

わらび

ああ、分かりました、お客様、なかなか目が肥えてますね。
ちゃびは冥王星のように目立たないかたなので、私どももついつい見落としてしまうのです。

ちゃび

あの、先程から、さもこちらに猫がいるかのようにおぼし召しですが、
あなたのご覧になっているのは、ただの壁の茶色い染みです。

マダニャイ

返事があったように思いますが。

ちゃび

あいにく、ちゃびは只今、席を外しております。

マダニャイ

先程確かにあなたが「ちゃび」であるとおっしゃいましたかと。

ちゃび

え、わたくし、そのように申し出ましたかしら。

マダニャイ

今そこにおりませんか。

ちゃび

いえ、只今、席を外そうとしている所でございます。

マダニャイ

ちゃび様は、けっこうお年を召されたお猫様でしょうか。

わらび

おいくつかと申し上げますと、まだ3歳ぐらいですかねぇ。
お顔の模様だけでご判断なさいませんようお願い申し上げますね(ぷっ…)

マダニャイ

あ、そうそう、お取り込み中すみませんが、ご覧に入れたい物がありまして…
窓口での頂き物ですが、ねこのおやつをお受け取りいただければ幸いです。
ご馳走になってください。

ちゃび

贈り物をくださるなんて忍びないですが、通常のお食事だけで間に合っております。
あなたに差し上げますので、おあがりになってください。

マダニャイ

猫用なので。

ちゃび

いえいえ、おかまいなく、
せっかくの賜り物を頂戴したいのは山々なのですが、お気持ちだけでけっこうです。

わらび

申し遅れましたが、ちゃびさんは人見知りで。
ただ、とてもゆっくりと逃げるので「お触り」するチャンスはございますかと。
またの機会にお声がけください。

ものがたり 第六章〜キャス〜

わらび

お急ぎですか?

マダニャイ

いえ、特に、急を要することでは…。
歩き疲れましたので、腰掛けさせてください。
……おや、いつのまにやら。

キャス

キャスです。本日はお忙しい中、ご来臨いただき誠にありがとうございます。
よくわらびと間違えられますが、どうか、お見知りおきを。
見分け方は、わらびは白い毛の混じった猫ですが、私こそが正真正銘の黒猫でございます。

マダニャイ

私も一息つこうと思いますので、よろしければあなたもどうぞ、おかけになってください。

キャス

よろしゅうございます。ご一緒します。

わらび

キャスさんは、お客様の斜め後ろにいつのまにか同席してくださる猫でございます。
ご年配の方におすすめのサービスです。

マダニャイ

恐れ入りますが、触ってもよろしいでしょうか。

キャス

ご自由に。

マダニャイ

素敵な毛並みですねぇ、キャスさん。
この光沢を是非とも写真に収めたいくらい。

キャス

復唱させていただきます。
そちらがわらびさんで、こちらがキャスでございます。
以後、お間違えなきように。

マダニャイ

弁解の余地もございません。
しかしキャスさん、あなたの毛並みも、まことに艶やかで美しい、ふぅー


ビクッ
わらび

キャスさんは若干臆病なので、顔に息が掛かっただけで逃げてしまいます。
(私の方が3倍も臆病なのは内緒として…)

マダニャイ

不覚にも脅かしてしまいましたね。
んー、逃げられちゃった……

キャス

キャスです。
本日は一般のお客様がいらっしゃらなくて、時間に余裕がございますので、
茶道を嗜む方々のご臨席を仰ぎ「香箱の儀」を執り行いたく…

マダニャイ

キャスさんったら、先程、逃げましたでしょうに。

キャス

恥ずかしながら、私はあまり記憶力がないようでして。

マダニャイ

いえいえ、こちらのほうこそ厚かましい態度でございました。
今度は私の斜め前に腰掛けましたね。
その場所がご都合がよろしいのでしょうか。

キャス

ええ、斜めが大変落ち着きます。

マダニャイ

見れば見るほどに、美しく感じられる…

キャス

お客様、黒猫の魅力がお分かりのようですね。
なかなかお目が高い。

マダニャイ

まるで黒曜石のようでもあり、玉虫のようでもあります、ふぅー
……あれ、息を吹きかけたのに、お逃げにならないのですか?

キャス

お客様、私があごをナデナデされると逃げられない事を承知の上で…
ひ、ひひゃうあぁぁぁ

ものがたり 第七章〜げん〜

クック

ご用件を承ります。

マダニャイ

おっと、後ろからいきなり現れるので、びっくりしましたよ、クックさん。
今は特にございませんが、あ、そうですねー、新人さんはいらっしゃいますか。

クック

たとえば、げんさんが、そうですね。
あちらの段ボール箱の中にございます。

マダニャイ

おおこれはこれは、ペットフードの紙袋でよくお見掛けするような、美しい澄まし顔。
お目にかかれて光栄です。

げん

はじめてお目にかかります。私はげんです。
お気に召されましたか?
私は慣れていますので、どうぞ、軽く両手で包み込みながら、ご覧になってみてください。

マダニャイ

お触りしてもよろしいのですか?

げん

猫がエジプト座りで待機している時は、両手で包み込んでくれる人をお待ちしている状態なのです。
ご参考までに。

マダニャイ

その豆知識は何やら胡散臭いですが、まあ、お言葉に甘えて。

クック

では、ご入り用の際は是非またご用命ください。
いつでも、すりよります。

マダニャイ

いやぁ、あなたのような猫がほしくなってしまいます。
全体的に丸っこいフォルム。
チョコマーブルパンのような柄模様。

もぞもぞ
マダニャイ

今、一瞬だけ抵抗したようにお見受けしましたが。

げん

いえいえ、そんな、ぐふっ…
お気遣いなさらず。

マダニャイ

いやあ、けなげですね。明らかに嫌そうでしたのに。
それでもなお、おとなしく座り続けるなんて、心苦しいじゃありませんか。

クック

お呼びでしょうか。

マダニャイ

わっ、クックさん、また後ろからいきなり。
特に呼んでおりませんが。

クック

げんさんは、気が向いた時には、膝の上に乗るというサービスもおこなってくれますよ。
猫の重みを感じることのできる素晴らしい体験になります。

マダニャイ

げんさんは先程から何かを必死に見つめてらっしゃいますね。

げん

やはり、ずんだお嬢様はひと味もふた味も違って、
なんと申しますか、いじめがいがあります。

マダニャイ

そのおっとりした顔で、何か良からぬ事をお考えに…?


ドドドドドドド
マダニャイ

あっ、モフレル店長、お世話様です。

モフレル

モフレル、行きまーす!!

クック

今のモフレルさまは店長ではありません。ただの野良猫です。
では、また何かございましたらお申し付けください。

ものがたり 第八章〜ずんだ〜

ずんだ

なぜついてくるのです。

げん

……………。

ずんだ

あの……何かご用ですか?

げん

よっこいしょっと。
ペロペロペロ…

ずんだ

おとなしく座ってみせて、内側には凶暴さを隠し持っている。
私はそれを決して見逃しません。

マダニャイ

あなたがずんだお嬢さんですね。
見事な鼻笛でございました。

ずんだ

ご清聴くださりありがとうございました。
ところでお客様、こちらへ1メートルほど、ご足労願えますか?

マダニャイ

はい、なんでしょうか。

ずんだ

伏してお願い申し上げます。

マダニャイ

あ、はい、こんな感じでしょうか。

ずんだ

うん、よし。


ピョン
マダニャイ

いてて…

ずんだ

お骨折りくださり誠にありがとうございます。

マダニャイ

いえ、それほどでも。

ずんだ

別の適当な高台まで、お渡し願えませんか。
代わりと言ってはなんですが、ついでに部屋の中をご案内いたします。

マダニャイ

差し出がましい質問で申し訳ないのですが、仲がよろしくないようで。

ずんだ

いわゆる先住猫との不仲がございましてね、そのあたりの事情はご高察ください。
それでは、お伴いたします。

マダニャイ

猫の息遣いを耳元で感じるなんて、とても贅沢です。

ずんだ

それほどでも。

マダニャイ

小柄の猫は、背中や肋骨をたたくと太鼓のように音がよく響きます。

ずんだ

それは、余計な豆知識でございますね。

マダニャイ

あ、こちらが本日の催し物ですね。

ずんだ

そうです。1名様ご案内致しま…
なんだ、あの白カビの塊は。それに、黒いくぼみがふたつあるぞ。

マダニャイ

いや、普通に白猫でしょう。おとなしそうに見えますが。

ずんだ

お客様はハシビロコウをご存じですか?
おとなしいから安全だとは限らないんですよ。

マダニャイ

猫の唸り声を耳元で拝聴できて、とても贅沢ですが…
ああ、殴らない殴らない。

ずんだ

ケガはしないよう善処します。

ものがたり 第九章〜さくら〜

マダニャイ

背中のひっかかれた所が、かゆくなってきました。

ずんだ

お力添えいただき、誠に痛み入ります。
労をねぎらって、あちらのバーで一服しましょう。

さくら

こちらは本日限定の保護猫バー『ガレットデロワ』でございます。
本日は、わたくし「さくら」が担当いたします。
お二人様ですか?

ずんだ

いえ、私は急な差し支えができまして、これにて失礼。

さくら

あ、はい、一名様ですね。 こちらがお品書きでございます。
お飲み物になさいますか。

マダニャイ

黒烏龍茶をお願いしたいのですが。

さくら

お飲み物をお持ちしました。
ご注文の品は、そろいましたでしょうか。

マダニャイ

はい。

さくら

それでは喜んでいただきます。

マダニャイ

え、私ではなく?

さくら

1000円払うとにゃんこに飲み物をおごる事のできるシステムです。
新宿の『欠損バー・ブッシュドノエル』で拝見しまして、そのまま模倣いたしました。

マダニャイ

あ、そうですか。大変勉強になりました。

さくら

「粗茶ですが…」って、最近は好まれない言い方ですかね?

マダニャイ

えぇー、どうでしょうかねえ…

さくら

もしよろしければ、お買い得のカレーなどは、いかがでしょうか。
私にカレーを恵みたければ是非。

マダニャイ

お猫さまにカレーとは、お口に合いますかどうか。
ではとりあえず。

さくら

ご注文の品は以上でよろしいでしょうか。

マダニャイ

はい。
しかし、赤いスカーフとは、素敵なお召し物ですね。

さくら

お褒めの言葉をいただき光栄です。
では、すぐにお作りします。

マダニャイ

はい。

さくら

大変お待たせいたしました。
店内で召し上がりますか、と自分で申したらおかしいですね。

マダニャイ

ごもっともですね。
温かいうちに、お早めにお召し上がりくださいませ。
鰹節ふりかけをお取りしましょうか、さあ、どうぞどうぞ。

さくら

あぁ、ありがとう、では、いただきます。

マダニャイ

できれば、こちらも軽い食事かお吸い物でもとりたいのですけど。

さくら

大変申し訳ございません。
衛生管理の都合上、人間さまのお食事は用意いたしかねますので、ご承知おきください。

マダニャイ

でしたら、後程どこかでいただきますので大丈夫です。
開いた食器をお下げしますね。

さくら

おやまあ、大好評につきカレーが品切れとなってしまいました。

マダニャイ

ますます恰幅の良い体つきになりますね。

さくら

1500円ちょうどいただきます。
ご愛顧いただき誠にありがとうございます。

ものがたり 第十章〜アトム〜

マダニャイ

ん、さくらさん、キョロキョロとどうなさいました?

さくら

来た…。妖怪すねこすりのおでましですよ。
今日もあちこち、こすり歩いておられます。

マダニャイ

サバトラの猫もなかなか乙ですよねぇ。
特にあのクネクネとした動き方がたまらないです。

さくら

あのおかた、アトムさまの尻尾に触れられた者は、脳内の思考を読み取られます。
ああ、モフレルさまの首が…。

アトム

突然のシッポで失礼いたします。
相変わらずお元気で何よりです。
おやおや、あなたもずんださんに思いを掛けているようでございますね。

モフレル

ばれてしまいましたか。さすがです。

アトム

私があなたに代わって申し伝えたいところですが、
あいにく私ともそれほど間柄が良くなくて、お役に立てそうにありません。
意を尽くせず、不本意です。

マダニャイ

んんん、大変申し上げにくいのですが、
あまり読み取られたくない思考が頭の中を巡っていまして…

さくら

アトムさんは正面からお近づきになれば「承服いたしかねます!」というお顔で逃げてしまいますから、
油断さえしなければ…

アトム

ふむふむ……心中お察しします。
時節柄、お互い体調を崩さぬよう、ご自愛くださいませ。
失礼ながら重ねて申し上げますが、ちゃびちゃんに対してあんなおイタをしたら、いけませんよ。

モフレル

そんな事までお見通しだなんて、恥ずかしい限りです。
これは失敬。

マダニャイ

ああ恐ろしい恐ろしい。
あんな事やこんな事まで読み取ってしまう恐ろしいお猫さま。

さくら

お客様、こすられていますよ。

マダニャイ

ああ、なんという!!
私としたことが…脚を……

アトム

ふふふ、どちらからおいでになりました?
これはこれは、僭越ながら、お客様のご来店の目的を拝読いたしました。
なるほど、あなたの目的はこの土地を買い上げることたっだのですね。
かねてからそのようなお話は聞き及んでおりました。

ちゃび

アトムさん、くれぐれもご無理をなさらぬよう。
この頃の人間界では、さしたる動機もない犯罪がまかり通っていると聞きます。
下手に刺激を与えると……

アトム

いや、このお客様の内側から感じ取れる負の感情は、雑念や侵入思考の類に過ぎない物と拝察します。

ちゃび

ほうほう、それはどのような?

アトム

口に出すのも憚られますね、ふっふっふ……
いずれにせよ、この内容を上の者にお口添え頂ければ幸いです…と、おっしゃりたい訳ですね、お客様。

マダニャイ

…ええ、ご無理を承知で申し上げますが、ご査収願います。
恥ずかしい部分につきましては、ご容赦のほどお願い申し上げます。

アトム

お悩みの事があれば忌憚なく、なんなりとおっしゃってください。

マダニャイ

いえ、特にございません。

ものがたり 第十一章〜マロン〜

この土地を買い上げるって?
それはもしかして我々の居場所がなくなる可能性があるって事か?
ざわざわ、ざわざわ……
アトム

皆様、静粛に!
えー、それでは、お客様、すぐに上の者が参りますので。

マダニャイ

どこかから視線を感じますが。
どこか、と言うか、上のほうから……

マロン

わたくしマロンの事でしたら、こちらでございます。
木登りタワーの上から失礼します。

マダニャイ

文字どおりに上の者ですか。
はっ……あれは、ハチワレ猫!
私はハチワレにだけは弱くて、まったく頭が上がりません。

マロン

この私の姿におそれいりましたか。
さよう、ペットロス勢からの高い需要を誇るハチワレでございます。

アトム

マロンさま、書中にて…というか、お尻にて失礼します。
ご多用中とは存じますが、お手すきの折にでも、ご一読いただけると幸いです。

マロン

構いません。基本的に、上から様子を眺めているだけなので。
ふむふむ……

アトム

目を通していただけましたか。

マロン

では、地主ちゃんにもそのように伝えますが、この内容で間違いありませんか、お客様。
つかぬことを伺いますが、猫との初対面でどのように挨拶をするかご存知ですか?

マダニャイ

それは、こうでしょうか。

マロン

ご明察の通りです。
問題なければ、そのまま指を差し出してください。


くんくん すりすり
ずぴーずぴー ずびずび
マダニャイ

やれやれ、お風邪など召されないように。
あなたもお大事になさって。

マロン

これを以って、ご挨拶の印といたします。
加えて、地主ちゃんとのご面会を許します。

マダニャイ

迅速な対応、ならびに、ご指導ありがとうございました。

マロン

地主さまとおつなぎする手配を整え、呼び出して参ります。
少々お待ちいただけますか。

キャス

ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ、
おかけになった電話番号は現在…

マロン

ん、うまくつながらないなあ。
キャスくん、もう少し前足の位置を。

キャス

お電話ありがとうございます。

マロン

突然のお電話で恐縮です。
今お時間いただいてもよろしいですか。

キャス

お声が少々遠いようですが、マロンお嬢様。

マロン

うーん、どうもうまくつながらない。
キャスくん、ちょっとアトムくんの立ち位置を調節してもらえるかな。


バチコーン!!
アトム

お手を煩わせました。

マダニャイ

あの、何をなさって……

マロン

これは地元の障害者支援施設『上田悠生寮』から盗んできた、入所者どうしの通信網をアレンジした物でございます。
職員に怪しい動きが見られた場合は、ただちに情報共有が図られます。
職員にも知り得ない機密であるため、詳しい仕組みについては説明いたしかねます。

マダニャイ

そのような機密情報を盗んでくるあたり、お猫さま達の恐ろしさに感服いたします。

マロン

お手間をとらせましたが、ようやく地主ちゃんとの連絡がつきました。
ひとえに皆様のご尽力のおかげです。
重ね重ねお礼申し上げます。

ものがたり 第十二章〜地主〜

マダニャイ

お連れ様がご到着になりましたね。

マロン

はい、これにて商談に臨む御膳立てが整いました。
私の後ろにございますのが、同じくハチワレの地主ちゃんです。

地主

この度はマロン様による鼻クンクンの儀式を通過されたとのこと、誠におめでとうございます。

マダニャイ

わざわざお運びくださり恐縮です。
お二方ともハチワレだとは思いもよりませんでした。


こう見えて私たち鼻クンクンのプロフェッショナルです。
マダニャイ

しかし、地主ちゃんとは……「地主」という名前のにゃんこの事でございましたか。

地主

あいにく当店には常駐の人間スタッフはございませんので。
よろしければ私どもがお取り次ぎする形にいたします。

マダニャイ

では地主さん、身勝手なお願いですが、
くだんの商談、ご一考いただきたく存じます。

地主

改めまして、マロン様よりご紹介にあずかりました、地主と申します。
若輩者ではございますが、その名のとおり、土地売買の交渉に応じる所存です。
では、さっそく…

マダニャイ

鼻クンクンですか?

マロン

よくお分かりですね。お察しがよろしい。
地主ちゃんとの鼻クンクンの結果次第では、良いお返事が期待できるでしょう。


くんくん くんくん
マロン

すなわち、鼻クンクンの後にスリスリされた場合は交渉開始。
ガリッとやられた場合はお引き取りいただきます。

マダニャイ

なんとなく流れ的に猫パンチされそうなのですが。

地主

んん、これはこれは、おおー

マダニャイ

お手柔らかにお願いしますね。
さあさあ、いかがいたしましょうか。
もっと指を近づけますか、おおよしよし。

ガリッ
マロン

おっと、地主ちゃんが手を上げました。
誠に残念ながら、この度の交渉は見送らせていただきます。

マダニャイ

早速のお返事、感謝します。
しかし、お言葉を返すようですが、初めからそんな気なかったのでは。

地主

おおせのとおり、土地を明け渡すというご要望には添いかねます。
先程はガリッと行き過ぎました事を、深くお詫び申し上げます。

マダニャイ

こちらこそ陳謝いたします。
ここ海野町の通りの再開発事業で、やむなく相談を持ちかけるに至った次第です。

地主

さしあたって、ご相談の件は人間スタッフへお伺いを立てる事としますが、
少々ご猶予いただくわけには参りませんでしょうか。
こちらも日程が合わず、お断りする他ございませんが、次回改めてお付き合いいたしたく存じます。

マダニャイ

ご指摘のとおりです。
猫は環境のちょっとした変化にも敏感なことは、察するに余りありますし。
こちらこそ皆様に多大なるご迷惑をおかけいたしました。
幾重にもお詫び申し上げます。


ちなみに私は純粋な黒毛ではなく、こげ茶色の毛なのですが、お分かり頂けるでしょうか。

ものがたり 第十三章〜かしわ〜

マダニャイ

業者へ赴いて検討を促し…えー、ご期待に沿えるよう、努めて参ります!

地主

ご高配くださればよろしいですね。

マダニャイ

それでもお猫さま達のお気持ちを汲んで下さらなければ、私がしかるべき処置をとらせて…

かしわ

まあまあ、何はともあれ、ご足労いただきありがとうございました、お客様。
同僚の方々もお誘い合わせの上、是非またご訪問ください。

わらび

基本的に寝ている印象しかない猫、かしわです。
猫パンチをくらわす地主とは異なり、お子様向けにやさしい猫でございます。
ちなみに私の最も愛するお猫さまでございます。

マダニャイ

長野駅近くの猫カフェではみんなに逃げられてしまい、本日ここでたくさんの猫と触れ合えたのは、嬉しく思います。

かしわ

お褒めにあずかり光栄です。
お引き立てくださいますようお願い申し上げます。

マダニャイ

この眠そうなキツネ目、ぼんやりとした淡い光を放つ灰色の毛、小さな頭。
言うなれば、このお猫さまこそ、こたつで一緒に眠りたい猫ナンバーワン。

かしわ

ご心労も多々おありでしょう。
お体に気をつけてお過ごしください。

マダニャイ

そんな絵に描いたような猫目で私をみつめないでください。
眠気を誘われてしまいます。

かしわ

私はまだまだ眠り足りないので、先に失礼いたします。

マダニャイ

はい、お先にどうぞ。

かしわ

あなたもよくお休みくださいませ。
今後ますますのご健闘をお祈りいたします。

マダニャイ

ご厚情を賜ります。
こんな…こんなふうに猫を抱き枕にして休めるだなんて…
ああああああああああ

アロ

ただいま戻りました。
みなさん、おそろいになって…そろそろお食事の時間ですものね。

かしわ

アロさん、お疲れさまです。
そして、お久しぶりでございます。
いつも人間店長のおそばに侍って、めったに室内においでなさらないのに。

アロ

はい、ご無沙汰しておりました。
お客様をお迎えに上がりましたが、おやおや、すっかりご就寝でしたか。

マダニャイ

ふあぁ……あらあら、もうとっくに閉店時間を回っていますね。
長々とお邪魔しました。

アロ

人間店長がまだ戻りませんので、お会計は私どもが代わりにレジで承ります。

モフレル

いま、手がふさがっておりますので。

ガリガリガリ
アロ

2代目店長は少し立て込んでおりますので、私が伺います。

かしわ

いってらっしゃいませ。

げん

人間店長、もとい「メシくれる人」はまだ戻られていないのか。

マダニャイ

……何かお困りのことはありませんか?

アロ

いえ、毎度のことですので、とりたてて問題はございません。
ボランティアの方もよしなに取り計らってくださいますし。
ただ、本日電話を頂いたお客さんは、がっかりしてお帰りになりました。

マダニャイ

んんー、私も様子が気になりますので、これからも度々伺いましょうかね。

アロ

でしたら、常連さんにはお求めになりやすい商品として
「年間パスポート」などがございますが、

マダニャイ

いいですねぇ。
22222円……にゃんこ大戦争よりもお手頃な価格かと存じます。

アロ

3万円お預かりいたします。
お先に7000円お返しします。残り778円のお返しと、レシートでございます。

マダニャイ

おおー、これが年間パスポート。

アロ

お買い上げいただき誠にありがとうございました。
次回からはこれをご持参ください。
癒しの空間へのパスポートとしてもお役立てくだされば…

マダニャイ

夜分に失礼しました。
まあ、その……返答までお日にちを頂くかと思いますが。

アロ

今後ともおつきあいのほど、よろしくお願い申し上げます。
お忘れ物をなさいませんよう。
ご来店くださいまして、まことにありがとうございます。

マダニャイ

身に余るおもてなし。
末永くお幸せに。

アロ

またのご来店を心よりお待ち申しております。
道中お気をつけください。

ガチャン
ずんだ

今日一日の Honorific Day お疲れ様でした。
あまり難しい言葉はさておき、ひととおり網羅できた感じかな?

さくら

個人的に「お初に」「ご所望」は音の響きがカッコよくないんだよね。
「つまらないものですが」はあまり好かれない言い方だし、
ビジネス文書はマニュアル通りに書けばいいし…
あたしゃぁ、これだけ覚えとけば十分かと思うけどねぇ。

アトム

適当に小説っぽい感じにしながら締めようか。
じゃあとりあえず、この猫カフェで暮らしてみた感想は?

かしわ

次第に楽になってくる。
住み良いのだか、もらわれたいのだか見当がつかない。
カフェの中にいるのだか、保護シェルターにいるのだか、判然しない。

アロ

どこにどうしていても差し支えはない。
ただ楽である。
いや、楽そのものすらも感じ得ない。
営利を切り落し、人欲を粉韲して不可思議の太平に入る。

モフレル

我々は食う。
食ってこの太平を得る。
太平は食わねば得られぬ。
猫カフェ万歳猫カフェ万歳。
ありがたいありがたい。

あとがき(?)

以上、一般的に敬語だと言われている言葉を集めました(ただしあまり人気の無い言い回しは除く)。
こういう場面に応じた言葉の切り替えを英語では TYPE OF DICTION として盛んに論じられています。
どこからどこまでを敬語表現と定めるかは非常に曖昧なところで、ただのビジネス会話やただの書き言葉が紛れ込んで来る事も多いです。
あまり小難しい言葉を増やしてしまうと「あれ、敬語表現ってそういう事なんだっけ??」となるので、最低限これだけ知っていれば十分だというテンプレートを厳選する必要はあります。
また一般的に vocabulary を増やした方が大人向きの会話になるのですが、それ自体を敬語として扱うべきかどうかは微妙な所です。

敬語と雅語

ベトナム語をやった時にも、目上に対してはこっちの動詞を使うよという単語が時々ありました。
そのように相手を敬う意味が含まれている単語を敬語と言います。
日本語では例えば「ご高察」の「高」には相手を高める意味があり、「拝読」の「拝」には相手に頭を下げる意味があります。こういうのが敬語です。
それに対して「風光明媚」だとか「見目麗しい」だとかいうのは、単なるカッコつけのために使う言葉で、こういうのは雅語と言います。詩を書く時にズバリ一言で言いたい場面で使うと効果的。
敬語と雅語をごっちゃ混ぜにしてしまうと話が大きくなりすぎてしまうので区別する必要があります。
オックスフォード英語大辞典の単語を全部覚えろみたいな、行き過ぎた負担を掛けないような学習法を考えましょう。

名詞の頭に付ける「お」と「ご」について

接頭辞を使う事はアジア言語の中ではちょっと珍しいけどマレー語(インドネシア語)にはありました。
「男性はあまり『お』を付けない」なんて、とんでもない説明をする人がいたけど、ちょっとね…そういう発言は国語力を疑います。
そんなこと言うヤツに日本語教師してほしくないわ、マジで。
で、基本的には漢字熟語なら「ご」、そうでなければ「お」を付けます。
一部の例外は存在するけど、それについては「語学あるある」というもんですよね。

漢語に「お」を付ける例外

お愛想、お会計、お加減、お菓子、お勘定、お気、お灸、お稽古、お化粧、お下品、お香、お賽銭、お財布、お砂糖、お作法、お散歩、お写真、お習字、お正月、お焼香、お醤油、お食事、お時間、お塾、お受験、お上品、お席、お赤飯、お洗濯、お煎餅、お葬式、お惣菜、お掃除、お題、お茶、お注射、お天気、お電話、お豆腐、お得、お徳用、お肉、お熱、お年賀、お仏壇、お布団、お勉強、お返事、お弁当、お盆、お面、お野菜、お約束、お役所、お夜食、お遊戯、お夕食、お洋服、お利口、お料理、お留守、お礼、お椀
※これも絶対ではないけど「和語の混ざった物は和語に準じる」と考えれば重箱読みや湯桶読みの類を例外一覧から除外できてスッキリする(お医者さん、お地蔵さん、ご誕生、お誕生日、お誕生会、ご入金日、お披露目)

和語に「ご」を付ける例外

ごゆっくり、ご入り用、ごもっとも
(あんまり無さそう…)

「お」や「ご」を付ける習慣の無い単語

みかん、りんご、竹、宇宙、数学、開発、法律、運動、缶詰、はしご、道、雨、飴、クワガタ、スズメ、電車、学校、携帯、そろばん、警察、泥棒、歯医者さん
※ カタカナ語には馴染まないのであんまり付けない(おトイレと言わなくもないが)。
※ 公共物、特定の個人によって所有されない物、単なる属性や分類を表す言葉、あまり個々人の営みと結びつかない概念になるほど付けなくなる傾向がある。
※「動植物には付けない」と言いつつも「お魚」「お米」「お花」「お馬」など人間の経済活動と関連深い言葉には付いたりする。


次に、名詞の頭に「お」や「ご」を付けるとどんなニュアンスが生じるのか、という話をします。

your のような意味で

すごく分かりやすく言うと、敬語として使う場合は「あなたの」という意味が生じます。
したがって、謙譲語(つまり自分自身の事)で「お」や「ご」を付けるとおかしいよ、という話になります。
話し相手に限らず、第三者を敬う時にも使えます。
これはモンゴル語の「再帰語尾・人称関係語尾」っていうヤツとなんとなく発想が似ている気がします。

例)
お買い物 (your shopping)
おはなし (your speech, their speech)
ご連絡 (your contact, their contact)

定冠詞 the のような意味で

「お」「ご」については敬語以外の日常的な使い方についても述べないといけません。
(「美化語」と言うらしいけど、それでは漠然としてしまうので、あえてこの呼び方は避ける)
参考: 大発見!日本語にも冠詞があった。「お」

たとえば単純に「約束」と言えば「約束」という意味以外の何でもありませんが、「お約束」と言えば「既に決めてある約束」とか「例のいつものアレ、お決まりのパターン」みたいな意味合いになります。
「お遊び」と言えば「言わば、ある種の遊びという物」みたいな意味です。

例)
お買い物 (the shopping(as I've said before))
おはなし (the story)

「お母さん」「お父さん」という言葉遣いについては解釈が二手に分かれています。
自分の親のことを「お父さん」と呼ぶのはけしからん、という主張をする人は、まさしく「yourの意味」で解釈しているわけです。
一方、日常会話に見られる「おかあさ〜ん」というのは「定冠詞theの意味」であって、これも決して間違った用法ではありません。

単語の一部と化している例

おきょう、おこう、おこつ、おさつ、おしぼり、おしゃれ、おじぎ、おせじ、おせっかい、おたく、おとそ、おなか、おにぎり、おばけ、おひたし、おむつ、おもらし、おやつ、おわん、ごちそう、ごはん
「お」を外したら存在しない単語になってしまい、全く意味の通じなくなる物がほとんど。

聞き取りやすさのために付ける例

お絵かき、お菓子、お灸、お酒、お雑煮、お茶、おてて、お墓、お箸、お風呂、お盆、お店、お餅、お湯
とりあえず日常会話の中で、特にその単語を単独で使う場合は、「おかね」「おかし」など「絶対に『お』を付ける」という扱いで良いです。
ただし、「お」を付けると具体的描写になり「お」を外すと一般論になる…といったニュアンスの違いは有り、
例えば「お子さんの"お"口に合いますかどうか」という表現なら有りますが、「日本人の"お"口に合わせた料理」と言うと少しおかしく聞こえたりします。
「時はカネなり」「菓子類の販売」などの格言やビジネスシーンの中にも、「お」の付かない例が多く存在します。
上品か否かという事にこだわらず成句・慣用句ではどうするか等を注意深く調べる必要があります。

付けることで特別な意味に変わる例

おかね、おことわり、おしらせ、おつかい、おつまみ、おつり、おねがい、おひる、おふだ、おまわり、おめん
「お」が有るか無いかで全然意味が変わっちゃうけど、だいじょうぶですか??
「男は『お』を付けない」とかほざいてる人、この辺りをちゃんと理解できてるかどうか不安です。

尊敬語とか謙譲語とか

概要

現代日本語の敬語では、年齢差よりも場所を重んじる傾向のほうが強いです。
誤解を恐れずに言うと、実際の身分関係をいちいち気にする必要はありません。
厳しい階級意識なんて正直あんまり今時の人は快く思わないから、ただ単に美しい言葉を使いたい時のために「敬語」的な用例集があるんだと、その程度の認識で十分だと思います。
敬語でしゃべりたい時は、いつでも「自分が下、相手が上」だと思っておけば問題なし。

マナー本の定番である「内と外の使い分け」は「役員も社員も総出でお客様に頭を下げたい」という発想から来ている習わしなので「ふーん、そうなんだ」ぐらいに思っておけば良いです。
相手の年齢が少しくらい低かろうが、基本的にビジネスシーンでは丁寧語で話しかけます。
特に、子どもが親に敬語で話す習慣が日本には無いので、家族どうしでは無条件にタメグチで会話します。
お見合いのお婿さんが10歳も年上だったら、妻は丁寧語で話しかけるクセが残るかもしれませんが、それは女だから敬語を使うというわけじゃないので、誤解なきように。

謙譲語で「お」と「ご」を使う時

敬語表現として、謙譲語(つまり自分自身の動作)で「お」と「ご」を付ける例は、ひとつだけあります。
それが「お + 名詞 + する」という構文です。
(他には「お + 名詞 + いたす」「お + 名詞 + 申し上げる」「お + 名詞 + に上がる」がある)
「行く、来る」の謙譲語「参る」、「あげる」の謙譲語「差し上げる」など、対応する言葉があればそれを使いますが、無い場合は「お + 動詞の連用形 + する」という構文を用います。

ただしこの場合の「お」「ご」でも、やはりyourの意味は含まれていて、たとえば「お作りします」なら「あなたのために」、「お迎えに上がります」は「あなたを」というニュアンスになります。
このため純粋に自分自身の事を述べる場合、たとえば「失礼します」等には「ご」が付きません。
「お休みします」はグレーゾーンで、休むのは自分かもしれませんが、相手に対する何かをお休みするという解釈もできます。

おおまかな傾向としては、「する」という動詞とともに使われない「お」「ご」は尊敬語(つまり相手の事)になります。
「お申込みください」「ご連絡を」は尊敬語、「お願いします」「ご挨拶申し上げます」は謙譲語です。
ただし、さきほど説明した「定冠詞theの意味」が紛れ込んでくる事もあるので、「お話がありまして」のように自分自身を意味する場合も決して排除できません。

「お何々になる」と「何々される」

動詞を尊敬語にする時のお話。
「する」の尊敬語は「なさる」、「食べる」の尊敬語は「召し上がる」など、対応する言葉があればそれを使いますが、その対応する言葉というのはほんのちょっとしか有りません。
たいていの場合は「お + 動詞の連用形 + になる」および「受身形と同一の形」の2通りの構文を用います。
この使い分けを説明している文献があんまり見つからなくてですね……ただ、周りの様子を見る限りでは、この2つを使い分ける基準は無さそうです。
現実的な話をすると「お踊りになる」「かけられる」と言った時に、語呂が悪くならないか、分かりづらくならないか、という所で使い分けているに過ぎません。
両方とも似合わなければ、単なる「ですます体」にとどめておいた方が良いこともあります。
が、せっかくなので、この場所で勝手に使い分け方を考えてみようと思います。
「お何々になる」は、敬うべき人物が具体的に存在する場合に使ってみましょう。
それから「何々される」は、特に誰というわけでなくお客様一般を相手にする場合に使ってみましょう。
…物の試しですが、こんな感じでどうでしょう。

最後に……日本の国語教育ではよく「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」を表組みにして覚えさせたりするじゃないですか。
タイの国語教育では「一般人の敬語」「僧侶に対する敬語」「王室に対する敬語」の3つを表組みにして叩き込むんですよ。
このように敬語表現の形はそれぞれなわけでね、「有るか無いか」を論じたり優劣を語るのを私は好きじゃないです。
少なくとも英語だけでも勉強していれば分かるはずですが、へりくだる表現はヨーロッパ言語でおなじみですよね。
過去形だか過去未来形だかを使って「もしもこうであったならば…」みたいな言い回しをするわけですよね。

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