その節は、寄付のお願いをおことづけ下さいまして、とても助かっております。
お手数かけますが、昨日の電話で連絡さしあげた件について、見積もりを頂戴できますか?
………ええ、その頃にはおそらく戻って参りますので。
はい、お待ち申しております、お気をつけてお越しください。
あ、お客様がおみえですので、また改めて。
ごめんください。
いらっしゃいませ。
本日イベントにつき、料金がお安くなっております。
あら?
こちらの店長はどちらにいらっしゃいますか?
私が一代目の猫店長、アロでございます。
お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?
わたくしの名前は、まだございません。
マダ…ゴザ……
たびたび恐れ入りますが、今一度お名前を。
勝手を申し上げますが、
わたくしは設定上、名前のない人物でございまして…
さようですか。
であれば、誠に勝手ながらマダニャイと呼ばせていただきます。
ところで、人間の店長もいらしたかと存じましたが。
ええ。戻りの時間は分かり兼ねますが、所用のため…というか、私用のため外出しております。
そこをわざわざ言い直すのが、いささか引っ掛かりますが。
おタバコはお吸いに……なりませんよね、当然?
ふっ…
そう簡単にはなつかないお猫さまのように見受けられます。
おっしゃるとおり、わたくしめはお客様の喜ぶ仕草はあえて致さない主義です。
が、私は人間店長の一番のお気に入りでもあります。
愛想の悪いものどうし、互いに惹かれ合う物があるのでしょう。
へりくだっているように見せかけて、さりげなく人間店長をそしっておいででは?
ふっ…
では初めにこちらの…
「室内ではお静かに」など当店の注意事項にお目通しいただいてから、ご入店ください。
はい。
ご理解いただけたでしょうか。
あ、それから、ほんの気持ち程度ですが、ねこの日のおやつでございます。
心ばかりの品、お納めくだされば…
どうもありがとうございます。
入室される際は、サンダルをお持ちになってください。
本日は催し物もございますので、店内にて直接お申し込みくださいませ。
では失礼いたします。
もう一点、ずんだ殿による鼻笛演奏会もございますので、室内では何卒ご静聴願います。
お帰りなさいませ、ご主人さま。
当店のご利用についての説明は、お聞きになりましたね。
はい。
さあ、どうぞお上がりください。
ご帰宅されましたら、こちらで手を洗いましょうか。
えーと、すみません、蛇口はどちらに?
私の目の前に手を差し出してください。
はい、では…
あっ…恐れ入ります。
これは素晴らしいおもてなしですね。
私にできることはこれぐらいです。
人気投票で店長に選ばれたに過ぎない身の上でしてね。
お手拭きはどちらに…ああ、これですね?
どうなさいました?
いえ…失礼……
申し遅れましたが、私が当店の二代目店長モフレルでございます。
先程は大変失礼しました、モフレルさん。
ウェブサイトで、モフモフ最強癒し系猫だと伺ったもので。
まったく私の認識不足による手違いでした。
ご配慮ありがとうございます。
こちらこそ、お店の切り盛りが不調法で、至らぬ所がございましたかと。
お変わりなくお過ごしですか。
ええ、おかげさまで。
ご心痛いかばかりかとお察し申しあげますとともに……
いえいえ、わたくしの場合はただ、看板の裏に挟まっていた所を救われただけの話ですよ。
見事なスフィンクス座りですね。
あまり香箱座りなどは、なさらないほうですか?
いえ、決してそんなことはございませんよ。
受付担当の者がまもなく参りますので、お待ちいただきます。
む、どこかから甘えたような、かすれ声が。
室内のことでご不明な点があれば、その他のスタッフにお尋ねください。
わたくしめはここでおいとまして、気ままに寝転がっておりますので。
日頃よりお世話になっております。受付係のクックと申します。
よろしければ私がご用件を承ります。
あなたが受付ご担当の方ですか。
えーと、では、お手拭きを。
お手拭きはこちらにございます物をお使いいただけます。
あっ、なるほど、そうでしたか。
なでたり、指でつついたり、軽く叩くようにするとよろしいです。
猫はあまり触られるのが好きじゃないのでは?
わたくしめに関しては差し支えありません。
犬のようにスキンシップされたい性格でございますので、ご心配なく。
気持ち良いですか。
それはもう、大変けっこうでございます。
お尻を持ち上げてお振りになるほど、喜ばしいですか。
うれしゅうございます。厚く御礼申し上げます。
そのついでにお尻ポンポンを申し受けます。
失礼ですが、よだれが大変お見事ですね。
私の好意から持て成したつもりが、お目汚し失礼しました。
いえいえ、とんでもない。ご厚意に感謝します。
お風邪でも召されたのでしょうか。
ゆっくり養生なさってください。
お心遣いをいただき深謝いたします。
御芳情に報いるため、時々お客様の様子を伺いに、すりよって参ります。
まずはお礼まで。
ところでですが、室内にスタッフはございますでしょうか。
スタッフと申しましても『猫スタッフ』のことですので、何卒ご了承ください。
接客の大部分は我々に一任されています。
さようでございますか。
ボランティアとして定期的に来られている人間スタッフもございますが、
本日は休暇で不在にしております。
それは休暇というよりも、本業にお勤めなのでしょうね。
わらびです。
ふつつか者ですが「おもてなし部隊」の一員でございます。
あ、えー、どうも、はじめまして。
なにぶん、私はあがり症なもので……
お気になさらず。
超ビビリの私でも、こうして接客業が務まっております。
互いに切磋琢磨し、より一層、精進していきましょう。
温かい激励のお言葉を頂戴し、感謝いたします。
お客様の荷物をお預かりいたします。
お志はありがたいのですが、けっこうです。
ロッカーがあるようなので、この中へしまいますね……おや?
ひぇー、この度はご愁傷様でした!!
お騒がせしました。彼女は段ボール箱の中で「ご遺体ごっこ」に興じている所でございます。
ところで、よろしければ、盗難や紛失のおそれもございますゆえ、
わたくし、わらびが見張っておくオプションサービスもご用意いたしております。
せっかくなので、お言葉に甘えて、是非お願いします。
どのようなサービスかご教示いただければ…
かしこまりました。
それではお客様のノートパソコンを拝借しまして、どっこいしょっと。
ああ、やはり上に乗るんですね。猫なだけに。
差し支えなければ、お名前をどうぞ。
えーと、どちらへ記入すればよろしいでしょうか。
私は黒猫ですが、内側の毛は白くなっています。
指でなぞると文字を書くことができます。
承知しました、ここはひとつ、筆をしたためてみましょうか。
うーん、あまり書きやすくないですね。
お客様のご芳名が横棒ばかりの文字ならよろしかったのですが。
ご面倒をおかけいたします。
取り急ぎ、仮の名前で漢字の「一」を書いて「はじめ」といたしましょうか。
乱筆乱文にて失礼いたします。
ここまでで何かご質問はありませんか。
水を飲みたいのですが。
ご不便をおかけいたしますが、在庫が切れていましてご利用になれません。
当店はあくまでも猫本位であり、人間向けのサービスはそれほど充実しておりませんので、お含みおきください。
あっ、もちろんお手洗いはございますので、ご安心ください。
それでですね、本日はある業者からの言付けを預かって、その……
地主にお願いにあがりたい件がありまして、参りました。
おやおや、地主ちゃんと、どのようなご用向きでしょうかね?
えー、はい、こちらの土地の所有者と…
地主ちゃんは先日から見当たらないのですが、お部屋にいるはずです。
ただ、あまり人慣れしていなくて、近寄ると猫パンチが飛んで来ますからご留意ください。
………はい。
木登りタワーのこの辺りから匂いがしますね。
特にお通じの悩み等はございませんか?
ははは…わたくしが化粧室の外で粗相をするなんて滅相もございません。
少々薄暗いですが、かえって光刺激がなくて、落ち着きのあるお住まいですね。
ところで、他にはどんな猫がおいでに…おや?
いかがなさいましたか、お客様。
どちらをご覧になっているのです。
お名前をお聞かせいただけますか?
はじめまして、ちゃびと申しま…いや、申しません。
ああ、分かりました、お客様、なかなか目が肥えてますね。
ちゃびは冥王星のように目立たないかたなので、私どももついつい見落としてしまうのです。
あの、先程から、さもこちらに猫がいるかのようにおぼし召しですが、
あなたのご覧になっているのは、ただの壁の茶色い染みです。
返事があったように思いますが。
あいにく、ちゃびは只今、席を外しております。
先程確かにあなたが「ちゃび」であるとおっしゃいましたかと。
え、わたくし、そのように申し出ましたかしら。
今そこにおりませんか。
いえ、只今、席を外そうとしている所でございます。
ちゃび様は、けっこうお年を召されたお猫様でしょうか。
おいくつかと申し上げますと、まだ3歳ぐらいですかねぇ。
お顔の模様だけでご判断なさいませんようお願い申し上げますね(ぷっ…)
あ、そうそう、お取り込み中すみませんが、ご覧に入れたい物がありまして…
窓口での頂き物ですが、ねこのおやつをお受け取りいただければ幸いです。
ご馳走になってください。
贈り物をくださるなんて忍びないですが、通常のお食事だけで間に合っております。
あなたに差し上げますので、おあがりになってください。
猫用なので。
いえいえ、おかまいなく、
せっかくの賜り物を頂戴したいのは山々なのですが、お気持ちだけでけっこうです。
申し遅れましたが、ちゃびさんは人見知りで。
ただ、とてもゆっくりと逃げるので「お触り」するチャンスはございますかと。
またの機会にお声がけください。
お急ぎですか?
いえ、特に、急を要することでは…。
歩き疲れましたので、腰掛けさせてください。
……おや、いつのまにやら。
キャスです。本日はお忙しい中、ご来臨いただき誠にありがとうございます。
よくわらびと間違えられますが、どうか、お見知りおきを。
見分け方は、わらびは白い毛の混じった猫ですが、私こそが正真正銘の黒猫でございます。
私も一息つこうと思いますので、よろしければあなたもどうぞ、おかけになってください。
よろしゅうございます。ご一緒します。
キャスさんは、お客様の斜め後ろにいつのまにか同席してくださる猫でございます。
ご年配の方におすすめのサービスです。
恐れ入りますが、触ってもよろしいでしょうか。
ご自由に。
素敵な毛並みですねぇ、キャスさん。
この光沢を是非とも写真に収めたいくらい。
復唱させていただきます。
そちらがわらびさんで、こちらがキャスでございます。
以後、お間違えなきように。
弁解の余地もございません。
しかしキャスさん、あなたの毛並みも、まことに艶やかで美しい、ふぅー
キャスさんは若干臆病なので、顔に息が掛かっただけで逃げてしまいます。
(私の方が3倍も臆病なのは内緒として…)
不覚にも脅かしてしまいましたね。
んー、逃げられちゃった……
キャスです。
本日は一般のお客様がいらっしゃらなくて、時間に余裕がございますので、
茶道を嗜む方々のご臨席を仰ぎ「香箱の儀」を執り行いたく…
キャスさんったら、先程、逃げましたでしょうに。
恥ずかしながら、私はあまり記憶力がないようでして。
いえいえ、こちらのほうこそ厚かましい態度でございました。
今度は私の斜め前に腰掛けましたね。
その場所がご都合がよろしいのでしょうか。
ええ、斜めが大変落ち着きます。
見れば見るほどに、美しく感じられる…
お客様、黒猫の魅力がお分かりのようですね。
なかなかお目が高い。
まるで黒曜石のようでもあり、玉虫のようでもあります、ふぅー
……あれ、息を吹きかけたのに、お逃げにならないのですか?
お客様、私があごをナデナデされると逃げられない事を承知の上で…
ひ、ひひゃうあぁぁぁ
ご用件を承ります。
おっと、後ろからいきなり現れるので、びっくりしましたよ、クックさん。
今は特にございませんが、あ、そうですねー、新人さんはいらっしゃいますか。
たとえば、げんさんが、そうですね。
あちらの段ボール箱の中にございます。
おおこれはこれは、ペットフードの紙袋でよくお見掛けするような、美しい澄まし顔。
お目にかかれて光栄です。
はじめてお目にかかります。私はげんです。
お気に召されましたか?
私は慣れていますので、どうぞ、軽く両手で包み込みながら、ご覧になってみてください。
お触りしてもよろしいのですか?
猫がエジプト座りで待機している時は、両手で包み込んでくれる人をお待ちしている状態なのです。
ご参考までに。
その豆知識は何やら胡散臭いですが、まあ、お言葉に甘えて。
では、ご入り用の際は是非またご用命ください。
いつでも、すりよります。
いやぁ、あなたのような猫がほしくなってしまいます。
全体的に丸っこいフォルム。
チョコマーブルパンのような柄模様。
今、一瞬だけ抵抗したようにお見受けしましたが。
いえいえ、そんな、ぐふっ…
お気遣いなさらず。
いやあ、けなげですね。明らかに嫌そうでしたのに。
それでもなお、おとなしく座り続けるなんて、心苦しいじゃありませんか。
お呼びでしょうか。
わっ、クックさん、また後ろからいきなり。
特に呼んでおりませんが。
げんさんは、気が向いた時には、膝の上に乗るというサービスもおこなってくれますよ。
猫の重みを感じることのできる素晴らしい体験になります。
げんさんは先程から何かを必死に見つめてらっしゃいますね。
やはり、ずんだお嬢様はひと味もふた味も違って、
なんと申しますか、いじめがいがあります。
そのおっとりした顔で、何か良からぬ事をお考えに…?
あっ、モフレル店長、お世話様です。
モフレル、行きまーす!!
今のモフレルさまは店長ではありません。ただの野良猫です。
では、また何かございましたらお申し付けください。
なぜついてくるのです。
……………。
あの……何かご用ですか?
よっこいしょっと。
ペロペロペロ…
おとなしく座ってみせて、内側には凶暴さを隠し持っている。
私はそれを決して見逃しません。
あなたがずんだお嬢さんですね。
見事な鼻笛でございました。
ご清聴くださりありがとうございました。
ところでお客様、こちらへ1メートルほど、ご足労願えますか?
はい、なんでしょうか。
伏してお願い申し上げます。
あ、はい、こんな感じでしょうか。
うん、よし。
いてて…
お骨折りくださり誠にありがとうございます。
いえ、それほどでも。
別の適当な高台まで、お渡し願えませんか。
代わりと言ってはなんですが、ついでに部屋の中をご案内いたします。
差し出がましい質問で申し訳ないのですが、仲がよろしくないようで。
いわゆる先住猫との不仲がございましてね、そのあたりの事情はご高察ください。
それでは、お伴いたします。
猫の息遣いを耳元で感じるなんて、とても贅沢です。
それほどでも。
小柄の猫は、背中や肋骨をたたくと太鼓のように音がよく響きます。
それは、余計な豆知識でございますね。
あ、こちらが本日の催し物ですね。
そうです。1名様ご案内致しま…
なんだ、あの白カビの塊は。それに、黒いくぼみがふたつあるぞ。
いや、普通に白猫でしょう。おとなしそうに見えますが。
お客様はハシビロコウをご存じですか?
おとなしいから安全だとは限らないんですよ。
猫の唸り声を耳元で拝聴できて、とても贅沢ですが…
ああ、殴らない殴らない。
ケガはしないよう善処します。
背中のひっかかれた所が、かゆくなってきました。
お力添えいただき、誠に痛み入ります。
労をねぎらって、あちらのバーで一服しましょう。
こちらは本日限定の保護猫バー『ガレットデロワ』でございます。
本日は、わたくし「さくら」が担当いたします。
お二人様ですか?
いえ、私は急な差し支えができまして、これにて失礼。
あ、はい、一名様ですね。
こちらがお品書きでございます。
お飲み物になさいますか。
黒烏龍茶をお願いしたいのですが。
お飲み物をお持ちしました。
ご注文の品は、そろいましたでしょうか。
はい。
それでは喜んでいただきます。
え、私ではなく?
1000円払うとにゃんこに飲み物をおごる事のできるシステムです。
新宿の『欠損バー・ブッシュドノエル』で拝見しまして、そのまま模倣いたしました。
あ、そうですか。大変勉強になりました。
「粗茶ですが…」って、最近は好まれない言い方ですかね?
えぇー、どうでしょうかねえ…
もしよろしければ、お買い得のカレーなどは、いかがでしょうか。
私にカレーを恵みたければ是非。
お猫さまにカレーとは、お口に合いますかどうか。
ではとりあえず。
ご注文の品は以上でよろしいでしょうか。
はい。
しかし、赤いスカーフとは、素敵なお召し物ですね。
お褒めの言葉をいただき光栄です。
では、すぐにお作りします。
はい。
大変お待たせいたしました。
店内で召し上がりますか、と自分で申したらおかしいですね。
ごもっともですね。
温かいうちに、お早めにお召し上がりくださいませ。
鰹節ふりかけをお取りしましょうか、さあ、どうぞどうぞ。
あぁ、ありがとう、では、いただきます。
できれば、こちらも軽い食事かお吸い物でもとりたいのですけど。
大変申し訳ございません。
衛生管理の都合上、人間さまのお食事は用意いたしかねますので、ご承知おきください。
でしたら、後程どこかでいただきますので大丈夫です。
開いた食器をお下げしますね。
おやまあ、大好評につきカレーが品切れとなってしまいました。
ますます恰幅の良い体つきになりますね。
1500円ちょうどいただきます。
ご愛顧いただき誠にありがとうございます。
ん、さくらさん、キョロキョロとどうなさいました?
来た…。妖怪すねこすりのおでましですよ。
今日もあちこち、こすり歩いておられます。
サバトラの猫もなかなか乙ですよねぇ。
特にあのクネクネとした動き方がたまらないです。
あのおかた、アトムさまの尻尾に触れられた者は、脳内の思考を読み取られます。
ああ、モフレルさまの首が…。
突然のシッポで失礼いたします。
相変わらずお元気で何よりです。
おやおや、あなたもずんださんに思いを掛けているようでございますね。
ばれてしまいましたか。さすがです。
私があなたに代わって申し伝えたいところですが、
あいにく私ともそれほど間柄が良くなくて、お役に立てそうにありません。
意を尽くせず、不本意です。
んんん、大変申し上げにくいのですが、
あまり読み取られたくない思考が頭の中を巡っていまして…
アトムさんは正面からお近づきになれば「承服いたしかねます!」というお顔で逃げてしまいますから、
油断さえしなければ…
ふむふむ……心中お察しします。
時節柄、お互い体調を崩さぬよう、ご自愛くださいませ。
失礼ながら重ねて申し上げますが、ちゃびちゃんに対してあんなおイタをしたら、いけませんよ。
そんな事までお見通しだなんて、恥ずかしい限りです。
これは失敬。
ああ恐ろしい恐ろしい。
あんな事やこんな事まで読み取ってしまう恐ろしいお猫さま。
お客様、こすられていますよ。
ああ、なんという!!
私としたことが…脚を……
ふふふ、どちらからおいでになりました?
これはこれは、僭越ながら、お客様のご来店の目的を拝読いたしました。
なるほど、あなたの目的はこの土地を買い上げることたっだのですね。
かねてからそのようなお話は聞き及んでおりました。
アトムさん、くれぐれもご無理をなさらぬよう。
この頃の人間界では、さしたる動機もない犯罪がまかり通っていると聞きます。
下手に刺激を与えると……
いや、このお客様の内側から感じ取れる負の感情は、雑念や侵入思考の類に過ぎない物と拝察します。
ほうほう、それはどのような?
口に出すのも憚られますね、ふっふっふ……
いずれにせよ、この内容を上の者にお口添え頂ければ幸いです…と、おっしゃりたい訳ですね、お客様。
…ええ、ご無理を承知で申し上げますが、ご査収願います。
恥ずかしい部分につきましては、ご容赦のほどお願い申し上げます。
お悩みの事があれば忌憚なく、なんなりとおっしゃってください。
いえ、特にございません。
皆様、静粛に!
えー、それでは、お客様、すぐに上の者が参りますので。
どこかから視線を感じますが。
どこか、と言うか、上のほうから……
わたくしマロンの事でしたら、こちらでございます。
木登りタワーの上から失礼します。
文字どおりに上の者ですか。
はっ……あれは、ハチワレ猫!
私はハチワレにだけは弱くて、まったく頭が上がりません。
この私の姿におそれいりましたか。
さよう、ペットロス勢からの高い需要を誇るハチワレでございます。
マロンさま、書中にて…というか、お尻にて失礼します。
ご多用中とは存じますが、お手すきの折にでも、ご一読いただけると幸いです。
構いません。基本的に、上から様子を眺めているだけなので。
ふむふむ……
目を通していただけましたか。
では、地主ちゃんにもそのように伝えますが、この内容で間違いありませんか、お客様。
つかぬことを伺いますが、猫との初対面でどのように挨拶をするかご存知ですか?
それは、こうでしょうか。
ご明察の通りです。
問題なければ、そのまま指を差し出してください。
やれやれ、お風邪など召されないように。
あなたもお大事になさって。
これを以って、ご挨拶の印といたします。
加えて、地主ちゃんとのご面会を許します。
迅速な対応、ならびに、ご指導ありがとうございました。
地主さまとおつなぎする手配を整え、呼び出して参ります。
少々お待ちいただけますか。
ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ、
おかけになった電話番号は現在…
ん、うまくつながらないなあ。
キャスくん、もう少し前足の位置を。
お電話ありがとうございます。
突然のお電話で恐縮です。
今お時間いただいてもよろしいですか。
お声が少々遠いようですが、マロンお嬢様。
うーん、どうもうまくつながらない。
キャスくん、ちょっとアトムくんの立ち位置を調節してもらえるかな。
お手を煩わせました。
あの、何をなさって……
これは地元の障害者支援施設『上田悠生寮』から盗んできた、入所者どうしの通信網をアレンジした物でございます。
職員に怪しい動きが見られた場合は、ただちに情報共有が図られます。
職員にも知り得ない機密であるため、詳しい仕組みについては説明いたしかねます。
そのような機密情報を盗んでくるあたり、お猫さま達の恐ろしさに感服いたします。
お手間をとらせましたが、ようやく地主ちゃんとの連絡がつきました。
ひとえに皆様のご尽力のおかげです。
重ね重ねお礼申し上げます。
お連れ様がご到着になりましたね。
はい、これにて商談に臨む御膳立てが整いました。
私の後ろにございますのが、同じくハチワレの地主ちゃんです。
この度はマロン様による鼻クンクンの儀式を通過されたとのこと、誠におめでとうございます。
わざわざお運びくださり恐縮です。
お二方ともハチワレだとは思いもよりませんでした。
しかし、地主ちゃんとは……「地主」という名前のにゃんこの事でございましたか。
あいにく当店には常駐の人間スタッフはございませんので。
よろしければ私どもがお取り次ぎする形にいたします。
では地主さん、身勝手なお願いですが、
くだんの商談、ご一考いただきたく存じます。
改めまして、マロン様よりご紹介にあずかりました、地主と申します。
若輩者ではございますが、その名のとおり、土地売買の交渉に応じる所存です。
では、さっそく…
鼻クンクンですか?
よくお分かりですね。お察しがよろしい。
地主ちゃんとの鼻クンクンの結果次第では、良いお返事が期待できるでしょう。
すなわち、鼻クンクンの後にスリスリされた場合は交渉開始。
ガリッとやられた場合はお引き取りいただきます。
なんとなく流れ的に猫パンチされそうなのですが。
んん、これはこれは、おおー
お手柔らかにお願いしますね。
さあさあ、いかがいたしましょうか。
もっと指を近づけますか、おおよしよし。
おっと、地主ちゃんが手を上げました。
誠に残念ながら、この度の交渉は見送らせていただきます。
早速のお返事、感謝します。
しかし、お言葉を返すようですが、初めからそんな気なかったのでは。
おおせのとおり、土地を明け渡すというご要望には添いかねます。
先程はガリッと行き過ぎました事を、深くお詫び申し上げます。
こちらこそ陳謝いたします。
ここ海野町の通りの再開発事業で、やむなく相談を持ちかけるに至った次第です。
さしあたって、ご相談の件は人間スタッフへお伺いを立てる事としますが、
少々ご猶予いただくわけには参りませんでしょうか。
こちらも日程が合わず、お断りする他ございませんが、次回改めてお付き合いいたしたく存じます。
ご指摘のとおりです。
猫は環境のちょっとした変化にも敏感なことは、察するに余りありますし。
こちらこそ皆様に多大なるご迷惑をおかけいたしました。
幾重にもお詫び申し上げます。
業者へ赴いて検討を促し…えー、ご期待に沿えるよう、努めて参ります!
ご高配くださればよろしいですね。
それでもお猫さま達のお気持ちを汲んで下さらなければ、私がしかるべき処置をとらせて…
まあまあ、何はともあれ、ご足労いただきありがとうございました、お客様。
同僚の方々もお誘い合わせの上、是非またご訪問ください。
基本的に寝ている印象しかない猫、かしわです。
猫パンチをくらわす地主とは異なり、お子様向けにやさしい猫でございます。
ちなみに私の最も愛するお猫さまでございます。
長野駅近くの猫カフェではみんなに逃げられてしまい、本日ここでたくさんの猫と触れ合えたのは、嬉しく思います。
お褒めにあずかり光栄です。
お引き立てくださいますようお願い申し上げます。
この眠そうなキツネ目、ぼんやりとした淡い光を放つ灰色の毛、小さな頭。
言うなれば、このお猫さまこそ、こたつで一緒に眠りたい猫ナンバーワン。
ご心労も多々おありでしょう。
お体に気をつけてお過ごしください。
そんな絵に描いたような猫目で私をみつめないでください。
眠気を誘われてしまいます。
私はまだまだ眠り足りないので、先に失礼いたします。
はい、お先にどうぞ。
あなたもよくお休みくださいませ。
今後ますますのご健闘をお祈りいたします。
ご厚情を賜ります。
こんな…こんなふうに猫を抱き枕にして休めるだなんて…
ああああああああああ
ただいま戻りました。
みなさん、おそろいになって…そろそろお食事の時間ですものね。
アロさん、お疲れさまです。
そして、お久しぶりでございます。
いつも人間店長のおそばに侍って、めったに室内においでなさらないのに。
はい、ご無沙汰しておりました。
お客様をお迎えに上がりましたが、おやおや、すっかりご就寝でしたか。
ふあぁ……あらあら、もうとっくに閉店時間を回っていますね。
長々とお邪魔しました。
人間店長がまだ戻りませんので、お会計は私どもが代わりにレジで承ります。
いま、手がふさがっておりますので。
2代目店長は少し立て込んでおりますので、私が伺います。
いってらっしゃいませ。
人間店長、もとい「メシくれる人」はまだ戻られていないのか。
……何かお困りのことはありませんか?
いえ、毎度のことですので、とりたてて問題はございません。
ボランティアの方もよしなに取り計らってくださいますし。
ただ、本日電話を頂いたお客さんは、がっかりしてお帰りになりました。
んんー、私も様子が気になりますので、これからも度々伺いましょうかね。
でしたら、常連さんにはお求めになりやすい商品として
「年間パスポート」などがございますが、
いいですねぇ。
22222円……にゃんこ大戦争よりもお手頃な価格かと存じます。
3万円お預かりいたします。
お先に7000円お返しします。残り778円のお返しと、レシートでございます。
おおー、これが年間パスポート。
お買い上げいただき誠にありがとうございました。
次回からはこれをご持参ください。
癒しの空間へのパスポートとしてもお役立てくだされば…
夜分に失礼しました。
まあ、その……返答までお日にちを頂くかと思いますが。
今後ともおつきあいのほど、よろしくお願い申し上げます。
お忘れ物をなさいませんよう。
ご来店くださいまして、まことにありがとうございます。
身に余るおもてなし。
末永くお幸せに。
またのご来店を心よりお待ち申しております。
道中お気をつけください。
今日一日の Honorific Day お疲れ様でした。
あまり難しい言葉はさておき、ひととおり網羅できた感じかな?
個人的に「お初に」「ご所望」は音の響きがカッコよくないんだよね。
「つまらないものですが」はあまり好かれない言い方だし、
ビジネス文書はマニュアル通りに書けばいいし…
あたしゃぁ、これだけ覚えとけば十分かと思うけどねぇ。
適当に小説っぽい感じにしながら締めようか。
じゃあとりあえず、この猫カフェで暮らしてみた感想は?
次第に楽になってくる。
住み良いのだか、もらわれたいのだか見当がつかない。
カフェの中にいるのだか、保護シェルターにいるのだか、判然しない。
どこにどうしていても差し支えはない。
ただ楽である。
いや、楽そのものすらも感じ得ない。
営利を切り落し、人欲を粉韲して不可思議の太平に入る。
我々は食う。
食ってこの太平を得る。
太平は食わねば得られぬ。
猫カフェ万歳猫カフェ万歳。
ありがたいありがたい。