日本語の語尾「もん」の使い方

先に、わりと良さような参考文献を見つけたから、それを紹介する。

終助詞「もの」の意味と用法の派生 - CiNii 論文

引用……『幼さや甘えた印象を与えると言う特徴は、不平・不満を直接伝えるという行為から付随的に生じた情緒的・位相的な特徴であり、本稿では取り扱わない。』
ウチのサイトも基本的に文法重視なので、そういう感情論はあまり取り扱わない。

「〜もん」の意味ぐらい説明できるもん!へぇホントに?

当たり前な理由であることを表す語尾表現。
特にこれ以上は説明しないけどOK?
だってこの語尾は、そんなに曖昧なイメージ持たれてないはずだもん。
…と油断していたら、ネット上の記事を見て回ると、なんだか目も当てられない記事であふれていて、
どうしてこんなに幼児語のイメージで説明しちゃうんだろうなあと呆れている所である。

「もん」の文例


「大人はあんまり使いません」なんてウソ。めっちゃ使ってるから。「もん」を一度も使わなかった日がどれだけあるか数えてごらんよ。

2人の男性職員の会話

とある楽器倉庫を大型の台風が直撃してしまい…
「(ピアノカバーが)漏れているのは漏れています。どちらにせよ。湿ってますもん。」
「ああ、確かに…」

出典: 【特集】プロのオーケストラ練習場が1年以上雨漏り。建物を修繕できないのはなぜ?
ちょっと動画の音声は聞き取りにくくて、これで合っているのか分からないけど、まあ、字幕を信用しようか😓
以上のように、理由を表す「〜から」に「当たり前じゃん」「もちろん」というニュアンスが加わった物になる。
このため感情的な例文も多少は含まれてくるとは思うが、実際には当たり障りない場面でもよく使われているので、「不平・不満を表す」という事にこだわらないよう注意したい。
使用頻度は「だよね〜」に次いで多く、日本人は老若男女を問わず日常的に使っている。
オトナのオトコでも使えるかどうか質問する人いるみたいだから、そういう時にさっきのような例文を示せるように準備しといてくださいね。

「〜もの」という時もあるもの

音便化を解除すると「〜もの。」になるが、わざわざ噛みやすい言葉を選ぶ動機も無いので、あえて日常会話で「〜もの。」を使うケースはあんまり考えなくていい。
ただ「〜もの。」「〜ものね。」みたいなのは、書き言葉として残る可能性はあるし、実際あえて強調するために会話で使う人もいる。
特に歌なんかでは韻を踏むためにちょっと違った言葉遣いにする事もあるだろう。「相田みつを」のポエム「にんげんだもの」みたいに。

「もの」の文例

…というわけで、「物」という名詞の体言止めの場合もあるから、そこは文脈で見分ける必要がある。
また、「もん」「もの」の使用例について実地調査をした結果、年齢や性別による偏りは特に見られなかった。
巷では「主に女性や子供が使う」などと説明されているが、リサーチが甘いというか、夢を見過ぎてるというか…。

「だって○○もん。」という構文でもよく現れる。
これはタイ語の「ก็○○นี่นา」とほぼ直訳できる関係にある。

文法上の扱い

普通に考えて「もの」と言っているわけだから、あくまでも名詞であるはずなのだよね。
問題は、「〜なもの」ではなく「〜だもの」という構文になっている事で、このまんまだと準体助詞として扱うのは少し難しい。
この用法で「〜ものだ。」「〜ものか。」という構文が無い事など、単語の並び方を見る限りではほぼ「終助詞」同然なんだけれど、
なんでもかんでも終助詞扱いすると雑な論理展開に陥りやすいので、個人的には抵抗がある。
実際「〜もん」と「〜から」を置き換えてしまっても100%意味の通る文章になる。
試してみれば分かる(「〜から」の語尾表現的な用法・倒置構文についても確かめよう)。
この事から、とりあえず接続助詞として扱うのもひとつの手だが、「〜もん」はもっぱら倒置法で使われるのみで、あんまり接続助詞らしい使い方もしていない。
「〜だと言う物」が縮まって「〜だもの」になったと仮定すれば準体助詞と呼ぶ事もできるため、私としてはその方が嬉しい。

オトナになっても使うもんね

「〜もんね。」という形でもよく現れるが、「ね」という助詞の意味を思い出してほしい。
相手の話に同意を示す時に使う助詞だから、「もんね」と言えば「ほんと、そうだよね」と積極的にうなずくような意味合いになる。
何の助詞もつけずに「〜もん。」とだけ言えば、基本的に自分の意見になるから「当然だと私は思うのだが」みたいな感じになる。
どちらの場合でも「もん」の意味自体は全く変わらない。
「だもん」とか「もんね」をひとかたまりに見てしまうと文法的な観点を見失いやすいので、あくまでも「もん」は単独の品詞として扱い、「だ」とか「ね」とかは別々にして考えるようにしたい。

結局、不平・不満を表す用法とは?

ところで、先に挙げた論文では付随的・情緒的・位相的なんていう言葉を使っていたよね。
その場の雰囲気とかその人個人の性格から、おまけでくっ付いてくるニュアンスっていう事かな。
幼さ・甘えの用法を冒頭からバッサリ切り捨てた筆者は、今にして思えばとても賢かったと思う。
「泣いてないもん」は意地を張っていて本当は泣いている…これをあたかも「もん」の用法であるかのように教えてる人とかいたからね。
そこで改めて「泣いてなんかないもん!」という例文で考えてみることにする。
これは「泣いてなんかないから(大丈夫だ)!」と言っても同じ意味になる。(ここでもやはり「〜から」の倒置法について確認が必要)
こう言った時に「本当は泣いている」のは丸切り「言語外の問題」で、「人はなぜウソをつくのか」という心理学の話を始めなきゃいけなくなるし…。
ところで、この種の言い回しを「日本人の曖昧さ」として語ってる人を2、3人見たことあるが、それ言っちゃったら外国人はみんなウソをつかないロボットかい?
(「いいんじゃない?」みたいに譲歩の表現として固定しているのは別として)「別にあんたのこと好きじゃないんだからね!」はどのように解釈しても否定文でしかないんだよ。
想定される場面をもれなく考えることも大事で、心理的抵抗のために素直に事実を認められない場合もあるけど、本当に無いから無いって言ってる場合ももちろん有るよね。
「そのような事実はございません」が嘘つきの常套句として存在するとは思う。
ただ、どっちの場合にしても否定文は否定文でしょ?
ズバリ本義は何であるかを意識しないと、こうやってどんどん話がそれてしまうんだよ…😅

君は「〜もん」の意味を教えられるか!?

最近のコンテンツをざっと見たところ日本語の研究はかなり幼稚化していて、安直なキャライメージだけで解説された物が出回っている。
中でも特に「幼児語なので基本的には女性や子どもが使う」などという説明を見た時は吹いた。
いったいぜんたい、君の考える女性らしさとはガキっぽくふるまう事なのかね。
もしも「かわいさを出すための語尾だよーん」とか言ってたら、そこには 『個人の感想であり、文法・用法を示すものではありません』 というテロップを入れねばならない。

少し話をそれて「幼児語」について語ろうか。
赤ちゃん言葉といえば例えば「おてて」「あんよ」「まんま」「ぶーぶー」みたいなのがあったよね。
これは幼児の発声練習のために特別にこしらえた単語だ。
実は日本語の幼児語というのは、名詞という形でしか存在できない。
名詞というのは勝手に作って増やす事を許容されている品詞なので、へなちょこな名詞を使っても文法的な問題は起きにくい。
ところが名詞以外の場合だと重要な文法規則と絡んで来るため、あんまり変な物を作るわけにはいかなくなる。
したがって動詞・形容詞・助詞の幼児語という物は無く、いきなり実践に入っていただくことになるわけだ。
というより、幼児語なんていう物は基本的に有ってはならないというべきで、仮にそんな事をしたら大人になってもそういう話し方しかできなくなるから。
ちっちゃい子が「〜だよ」「〜もん」をよく使うからといっても、それは幼児語ではなく生涯にわたり使い続けて行く言葉なのだ。
幼児向けテレビ番組の「ひとりでできるもん」「ヤダモン」とかあるけど、あんまりそのイメージに引きずられないで成人の会話に対するリサーチをしっかりおこなうべき。

語尾表現「〜もん」の基本的な意味はあくまでも「当然な理由」、小難しい言葉を使えば「蓋然性の高さ」であり、「まあ世の中そういうもんだよ」と言う時の「もん」と本質的に同じである。
話し手が女子供だからと言って意味合いが変わったりしないので、人を見た目で判断せず文脈にこそ注意を払わなくてはいけない。
「もん」は客観的事実を言う時にも使えるので、そういう時にはオトナの何気ない日常会話で使って差し支えない。
「だってそこ別のディスク上にマウントしてるもん」「pingは通ってるんですもんね」とかエンジニアの会話でも拾って来ようかね(笑)

特に、終助詞は性別を誇張する物だと思い込んでいると、だいたい過激な例文になる。
終助詞「な」の使用例で「田中はバカだな」とか、あんな例文じゃ語尾の「な」を付ける意義がさっぱり分からないし、よくもまあ品のない例文ばかり挙げるもんだなあと…。
みなさんにもうひとつ気をつけてほしいのは「その言葉、もうちょっと無難な用例だって有るんじゃないの?」だ。
たとえば「(女)あー、暗くなってきたなー」「(男)もう五時だもんね」みたいに時節に関する言葉だと当たり障りないよね。
というか、自分自身がふだんどういう時に使っているのか思い出すのが一番いいんだよ。ひねくれたキャラクターを思い浮かべるんじゃなくてね…

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